何も変化がない日々、最高じゃないですか


去年と同じ今年、昨日と同じ今日、これを聞くと、「成長していない」とか「未来の自分が描けていない」とか、意識が高い人から言われてしまいそうですが、私のような意識が低い人間は何も変わらない日常が何も変えられない、本当にかけがえない日々なのです。「あなたはやりたい事がないのですか?」って言われそうですが、「はい、特にありません!」強いて言えば少しだけの不安と心配があっても毎日を笑って生きていければ良いです。綺麗な桜が咲き誇ればそれを撮りに行って、春の風、夏の色、秋の匂い、冬の星、当たり前のことを当たりまえに感じて生きて行きたいです。そしてまずは目の前のことにベストを尽くしたいです。

日常と言う奇跡

嫌なことや悪いことが3個ぐらい連続したら「なんだ!運が悪い!厄日だな!」って悲観的になります。でもやはり、それまでは「何事もない平穏無事が続いて来た」ってことです。どこも痛くない、クローン病もそこまで大暴れしていない。激しい下痢もなければ、お尻も痛くない!そんな日々が続いていることが奇跡なのです。その中でしっかりとそれを感じることが出来るか?ですね。今の季節なら通勤時の桜とか、もう少ししたら桜吹雪が見れるかも知れません。大雨の雨の音や、独特な風の匂い。少し意識すれば感じることが出来る日常を大切にしたい。そういえば私は春になると入院してたので病室の窓から散りゆく桜を眺めていました。たとえ病室の窓から見る桜でもそれはなんとか生きている証ですね。希望なんですよ。目標とか信念とかそんなんじゃなく、「希望」を持って生きて行きたいものです。

街の桜たち

私はその瞬間を感じたい意味でも写真を趣味としております。今は桜の季節ですね。でも私は「桜の名所」みたいなところはにはあまり行きません。そりゃ名所だけに素晴らしい風景があるのがわかりきっているからです。私は桜の季節になると自転車に乗って街の桜を撮影します。要は「調和」です。日常と桜の調和。それを感性としてしっかりとおさめたいからです。それと名所に出かけるというプレッシャーからも解放されます。お腹が痛くなればいつでも自宅へ帰還出来ます。完全なクローン病患者思考ですね。

やはり調和なんだろう。

組織や社会で生きて行く術はやはり「調和」なんだと思う。甘えあいや傷の舐めあいとかではなく、その組織のために、メンバーのためにベストを尽くす。進むべき道を決めるのはボスの役割だし、その歩調を合わせてみんなをゴールへ導くのがリーダーの役割だと思う。小さな企業だと1人のファインプレーでうまく行くことがありますが、ある程度の規模になるとチームで100点を取れないとうまく行きません。この恒常性は人間の身体と同じですね。それぞれ役割があります。クローン病になって働いている人も役割はあります。自暴自棄になって辞めてしまうより、誰もやりたがらないような地味な役割にベストを尽くしてみる。これもれっきとした役割なのです。そこからすべてが始まります。その時の環境でベストを尽くしてみると本当に人生が好転します。ベストは尽くすのだけど、「自分はクローン病だ!」って負い目があるのでなんとなく謙虚になる。それが調和に繋がったりもします。

日常の奇跡

やはり「普通である奇跡」をしっかりと感じとれるようになれないと。「今日もお腹痛くないや!よしベストを尽くそう」となれれば良いですね。退屈で何も変化がない日常こそが本当に大切だと思います。月曜日はなんとなく憂鬱だ!とも思いますが、普通に月曜日が来るのは奇跡です。たぶんそう思って病気を闘っている方々がたくさんいます。憂鬱な月曜日でも、それが願いに願った月曜日な方もいます。普通に「明日」が来るのは本当に奇跡なのですね。

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投稿更新日:2021年3月31日

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