レミケード1回目の翌日も異常なし!


麻痺性イレウス(腸閉塞)の痛さはマシになってきた。発熱や倦怠感等のレミケード投与による影響もなし。おしっこがガンガン出るようになってきた、脱水症状も消えて、腸管がきちんと水分を吸収しているのだろうな。と勝手に希望的観測を持つ。ただお腹の張り具合は少々違和感を感じます。

小腸造影検査の後にイレウス(腸閉塞)で悶絶!


朝からレミケード開始前検査ということで小腸造影検査です。鼻からマーゲンチューブを入れてと検査かな?と考えていたのですが、口からガストロフィンと言う造影剤を飲むと言う事です。「お!なんか楽勝かも知れない」と思っていたのですが。

クローン病が悪化!急性腹膜炎で緊急手術-クローン病 手術070411


病院へ運ばれて、腹部単純レントゲン、CT検査等を済ませて、腹部単純レントゲンではあきらかに腸閉塞像が出ているで即入院。まずは内科の病室に入り横になっていた。


内科医師が来て

内科医師が来て今の状況を説明してくれた。イレウスチューブを入れるかどうかはCTの結果を診てから判断すると。腸閉塞なのでとりあえず2週間は入院して腸管を休めましょうと。イレウスチューブは嫌だけど、この痛みから解放されるなら何でもいいや。と内科医師と話している時に救急医師がCTの結果を持って来た。。

救急車で病院へ-さらなるクローン病悪化!-救急070410


朝になっても腹痛は治まる気配はありません。と言うかだんだん酷くなってくる。とりあえず会社は休むことにした。もう会社へ行くとか行かないと言う次元ではありません。とにかく痛い。クローン病ってここまで痛いのか?


2002年から2006年の総括-クローン病闘病


2002年にクローン病確定

2002年の腸閉塞でクローン病と確定してから、エレンタールでの食事制限を本格的に始める。
お腹がイマイチになって来たらエレンタールのみで絶食する。また通常は1日1食にしてエレンタールを1日5袋(1500Kcal)飲む。
この日々の繰り返しである。


この間は入院もすることなく過ごせた。もちろん突然に腸閉塞になって寝込むこともあったけど、エレンタールも飲まずに絶食して寝ていたら痛みは治まって来た。痛みが治まって来たらエレンタールを開始して行く。それでなんとかなっていた。

3回目の腹痛と腸閉塞で緊急入院2002


ゴールデンウィーク

ゴールデンウィークに初日の夕方、激しい腹痛がいきなり襲った。1995年、1996年に腸閉塞で2回入院しましたがそれを上回る痛さ。我慢の限界で病院へ行く。腹部単純レントゲンでそれはそれは素晴らしいニボー像です。「はい腸閉塞!入院確定
これでゴールデンウィークは全て入院で消費しました。それどころかゴールデンウィークが終わっても退院はできずそのまま会社は有給休暇。

潰瘍性大腸炎にしてはおかしい

潰瘍性大腸炎にしては度重なる腸閉塞はおかしいと言うことで、小腸の検査等を受ける。クローン病特有の検査結果でした。
「潰瘍性大腸炎じゃなくてクローン病ですね」となると予想したのですが
なんと「大腸は潰瘍性大腸炎で小腸はクローン病ですね」稀な例です。と言われた。同じ炎症性腸疾患だ。もうなんでもいいや。

1997年から2001年の総括-クローン病闘病


潰瘍性大腸炎の治療

1997年から2001年は潰瘍性大腸炎の標準治療をしていた。サラゾピリンもペンタサに代わりました。潰瘍性大腸炎の症状である下血や激しい下痢も落ち着いている日々が多かったです。しかしクローン病の症状はしっかりと出ていて、時折、腸閉塞の痛みに寝込んだり、原因不明の高熱が出たりしていました。その時は自主的に絶食をして当時出されていたエンシュアリキッドと夕方に脱水症状を避けるために点滴をしに行くだけでなんとか乗り切れていました。

クローン病を疑い始める

2000年にもなるとインタネットでそこそこ情報がつかめるようになるし、当時はブログシステムのようなものはありませんが、その前身のようなもので「電子日記帳」とか「ホームページ」がありました。クローン病や潰瘍性大腸炎の人が闘病記録を公開し始めたのもその頃です。当時はクローン病とか潰瘍性大腸炎の患者数も少なくて孤独に病気と向き合っていました。もちろん私もその一人でした。患者同士のコミュニケーションが始まりました。「みんな同じような病気で悩んでいるんだ!」と勇気づけられました。私が独自ドメインをとって自分の闘病記録を始めたのもこの頃でした。

1996年の総括-クローン病闘病


潰瘍性大腸炎元年

1996年は難病宣告元年です。

当時は内視鏡検査、生検を含めて、潰瘍性大腸炎と診断されました。
ゆくゆくはクローン病に診断は変わります。

クローン病も疑われたのですが直腸粘膜とS状結腸の粘膜に炎症性細胞が浸潤→杯細胞が減少→陰窩に炎症性細胞(陰窩膿瘍)があります。
よって病理上は潰瘍性大腸炎です。
当時の主治医も私の直腸からS状結腸の内視鏡を見てどう見ても潰瘍性大腸炎の粘膜だと言います。よってクローン病は否定された訳ですが、ここで小腸造影等をしていれば小腸の末端部になにがしかの病変は見えたのかもしれません。もう少し深く食い下がっていれば良かったかも知れません。

また突然の腹痛と腸閉塞で緊急入院1996


クローン病またも攻めて来る

1996年夏です。結婚してすぐに子供ができて丁度、出産を控えて家内も実家に帰っています。しばしの独り暮らしを謳歌していました。もちろん家内がいないとなると食生活は一気に乱れます。

銀座カリー

その日の夕方はコーヒーを飲んでしばらくしたらお腹がシクシクして来た。「なんだろ?」と思いながらも夕食はめんどくさいので「レトルトの銀座カリー」で済ます。「いやぁ〜カレーは美味しいね」って普通に食べて満足していたのですが、寝る前あたりになって急激な腹痛が。
出た!昨年と同じ痛みだ」。これは我慢してもあかんやつや!って思ったのですぐに観念をして0時頃、救急外来へ行く。痛みを我慢しながら自転車で行った。自転車で行くと段差を踏むとお腹に響く響く。

突然の腹痛と腸閉塞で緊急入院-入院3日目


入院して3日目から4日目

ようやく飲水許可が出た。助かった。でも絶食は継続です。でも水を飲めるようになっただけでかなりありがたい。喜んでペットボトルの水を買いに行った。血液検査のCRPもかなり下がってきた。お腹の痛みもかなり改善されて来ました。

歩いても響かない

歩いても響かないレベル。やはり絶飲食の上、安静!と言う治療が効きました。
※当時を振り返ると、おそらくこれはクローン病に腸管の狭窄からの腸閉塞でしょう。ただまだクローン病も初期なので狭窄も線維化して硬くなっている訳ではなく、急激な炎症により腸管が腫れて腸閉塞を起こしたのでしょう。絶飲食により炎症も治って腸管の通りが改善されて調子が改善してきたのでしょう。

突然の腹痛と腸閉塞で緊急入院-入院2日目


かなりマシになった

入院して1日が経った。前日はあまりの痛みとの格闘で疲労困憊してずっと眠っていたようだ。それくらい初めての腸閉塞の体験は痛いものだった。
目がさめるとお腹の痛みはかなりマシになっている。時折「キーン」と痛んでくるが、耐えれるレベルである。もちろん歩くとお腹に響く。

急性腸炎

医師が朝に来て、説明してくれた、診断名は「急性腸炎」炎症が落ち着くまで絶食と点滴で治療しましょう。入院期間は14日程度でしょう。と

※この時もやはりクローン病と言うキーワードはありません。クローン病も炎症なので急性腸炎で絶食していれば結果的にクローン病の治療にもなりますので症状は改善されていきます。

突然の腹痛と腸閉塞で緊急入院


まだクローン病とはわかっていない

いつも通りの生活をしていました。普通に食べて、普通に遊んで、仕事して。当時はパソコンはまだまだ一般的には普及していないものの、一部の趣味とする人達が多くなって来た。もちろんインターネットはあったもののまだまだ一般にはかなり高値の存在だった。確かプロバイダと契約するだけで月10万円レベルのお金がかかる。通信コミュニケーションはパソコン通信です。現在の速度は100,000,000bps1(100M)1が主流でしょう。でも当時は2400bpsから14400bpsです。主に文字のやり取りです。

右下腹部痛い

この翌日にパソコン通信のオフ会が予定されていました。前日の夕方頃から臍から左の上あたりがシクシク痛み出して、夜中には絞るような痛みになって来た。結局、一睡もできなかった。この痛みは今まで体験したことがない。お腹が痛いと言っても、せいぜい下痢による腹痛とか胃痛レベルです。しかしこの痛みは何かが違う。